経済学における為替レートの決定要因

 私は大学で為替レートの決定理論について研究していました。本稿では、経済学的知見から今後の為替動向を予測します。

 近代経済学では、アセットアプローチと呼ばれるモデルで、2国間の金利差により為替レートが決定するとしています。 また、IS-LM分析を拡張したDD-AAモデルと呼ばれる分析においては、経常収支により為替レートが決定するとしています。

 国際経済学の理論には、複雑な説明を要する理論もありますが、本稿では、実践的で使える材料のみにより分析を行います。

金利による予測

 まず、私がドル円為替レートの決定要因を研究した結果、ファンダメンタルズでは説明できない要因が最も大きく、次に、米国の金利動向が為替動向の行方を握っていることがわかりました。

 結論から言うと、プラザ合意後におけるドル円レートの為替動向は、米国の政治経済にほぼ依存してきたといえます。

 1995年の円高はクリントンシンドロームと呼ばれ、米国の赤字を減らすために政治的に意図されたものでした。また、2007年の円安は、米国の金利引き上げにともない円キャリートレードが活発化したことによるものでした。

 そして、今後の米国の金利動向ですが、ノーベル経済学者のクルグマンは、当面利上げはないだろうと言っています。利上げする前に景気悪化が始まってしまったため、利上げのタイミングを逸しました。

 下記には、米国の金利とドル円為替レートの推移を表したグラフを掲載しています。

 下記の上から2つ目のグラフをご確認いただくとわかりますが、1970年の変動相場制移行後において、米国の金利動向は、およそ12か月後のドル円レートに対して予測力を持っていることがわかります。

 しかしながら、今回の局面では、ゼロ金利ですので、もはやアセットアプローチによる推計は行えません。

為替1
















為替2















経常収支による予測

 経常収支の黒字は、為替レートを増価(円高)にさせます。たとえば、貿易又は知的財産使用料で稼いだドルは、そのままにしておくのではなく、いったん日本の本社に円転して戻しますので、円買いを発生させることになります。

 また、稼ぐ外貨が費消する外貨に追いつかなくなると、経常収支は赤字になります。日本の場合、医薬品は大幅な貿易赤字であり、高齢化により医療費がかさむとともに、外貨を稼ぐ労働人口が漸減していくため、今後長期的には確実に経常赤字国に転落すると予測されています。

 基軸通貨国であれば、基軸通貨を刷っても世界中で基軸通貨が使われるため、基軸通貨が余ることはありません。一方、日本の場合は、日本円は国内でしか使えませんから、経常赤字に転落すると生き残っていけません。

 下記には、戦前における国際収支・経常収支及びドル円為替レートの推移を表したグラフを掲載しています。

 1929年の世界恐慌を機に、政府は世界に先駆けて日本円の金兌換を停止し、円安による経済環境好転を目指しました。しかし、1934年頃を機に国際収支は悪化傾向に転換してしまっています。

 これは、世界がブロック経済化して輸出先が植民地に限られたことや、戦争や植民地経営のための政府支払が漸増していったことによるものとされています。

 特に、戦争が激化して終戦に近づくにつれて、経常収支は大きく悪化しています。この累積した経常赤字が、大幅な円安を発生させる伏線となりました。


為替3





  


















 次に、戦後の経常収支とドル円レートの推移を確認します。下記には、戦後における経常収支及びドル円為替レートの推移を表したグラフを掲載しています。

 下記の上から2つ目のグラフでは、経常収支(対GDP比)を2年前方に置き換えています。また、比較しやすいように、経常収支は逆目盛りにしてあります。

 経常収支を2年前方に置き換えると、経常収支の推移は、ドル円レートの推移と見事に一致します。つまり、経常収支の動向はは概ね2年先のドル円レートに反映されるということです。

 経常収支の黒字は直ちには為替レートには反映されず、1年以上のラグをもって円転されることにより、為替レートに影響を及ぼします。

 現在の経常収支動向から考えると、2016年前後にドル円レートは天井を打ち、2020年に向けて再び円高傾向になることが予測されます。

 もっとも、2015年下半期以降に事態が急変して、経常赤字方向へと一気に拡大していくようであれば、危険信号であり、円相場暴落のシグナルと考えましょう。


為替4


















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サイクルによる予測

 若林栄四氏はドル円レートの16年サイクルを発見し、2011年のドル円レートの大底を見事に的中させました。これ以来、私は彼の動向に気を使っています。

 下記のチャートは、若林栄四氏が発見したドル円レートの16年サイクルを、8年サイクル及び4年サイクルに分割したチャートです。

 16年サイクルとは、1979年、1995年、2011年をボトムとする約200ヵ月のサイクルであり、このサイクルの上昇初期には大幅なドル円の上昇が発生します。

 特に、16年サイクルの底打ちから2年目までは、4年サイクル及び8年サイクルも上昇トレンドとなるため、もっとも強力な上昇が発生します。(このサイクルの重ね合わせによる予測を複合循環理論と呼びます。)

 現在は、初期の上昇波動が一服し、1985年プラザ合意後のレジスタンスラインに到達したことから、いったん円安局面は止まり、円高への修正が発生するでしょう。そして、この予測結果は、経常収支による為替予測と同様の結果となります。

 円













TDインディケーターによる予測

 テクニカル面では、過去記事「」にて、テクニカル的に天井圏であることを示すグラフを掲載しました。

 改めて、現在のドルインデックスの月足チャート、週足チャートを下記に掲載します。相場の転換点を示すTDシーケンシャルのカウントダウンが、月足チャート及び週足チャートの両方で発生していることがわかります。

為替6
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超長期スパンでの予測

 以上のとおり、経常収支、サイクル理論及びTDインディケーターによる為替レートの予測をご確認いただきました。予測の結果、今後、ドル円レートは天井を打ち、2~3年スパンでいったん円高修正局面に入ることがわかりました。

 ただし、経常収支の改善傾向が今後も続き、ソブリンリスクによる事態の急変がないことが、円高修正が起きる前提条件です。

 また、以上の推計は、戦後のデータに基づくものであり、より超長期の推計によると、非常に危険な予想結果となります。

 実は、若林栄四氏が発見したドル円レートの約200ヵ月の16年サイクルを4倍に拡張した66年サイクル及び政府債務残高の推移に基づくと、すでにドル円レートは超円安に向けた底値を付けてしまっている可能性が非常に高いのです。

 下記のチャートはトレードステーションにより作図したドル円レート及び政府債務残高(逆目盛)の超長期推移です。1945年から始まった超長期サイクルが2011年に大底を打ったことがわかります。

 サイクル理論には、複合循環理論というものがあり、短期のサイクルはより長期のサイクルに支配されます。たとえば、長期のサイクルが上向きであれば、短期のサイクルが下向きに転じてもほとんど下降しないということが起こります。

 直近30年のスパンで起こっていることは、直近100年のスパンで起こっていることの影響を受けてしまいます。

 超長期で考えた場合、プラザ合意後の回帰チャネルが今後、継続していく保証はありません。むしろ、この回帰チャネルのブレイクアウトにより、大幅な円安が発生する蓋然性が高いと言わざるを得ません。

円2














 下記に、政府債務残高及びドル円レートの推移を表したグラフを掲載します。

 下記の上から2つ目のグラフは、政府債務残高及びドル円レート両方を逆目盛で表しています。

 下記の上から2つ目のグラフをご確認いただけるとわかりますが、戦前同様に、政府債務残高の底抜けが、今後、超円安を引き起こす可能性があります。

 特に注意したいのが、1997年に付けたドル円の安値である1ドル147円を割ってからが非常に危険な展開となるということです。この支持線を割れれば、一気に日本円の暴落が加速します。


為替8為替10



























 次に、米国の金利推移及びドル円レートの推移を表したグラフを下記に掲載します。

 金利には、ロシアの経済学者が唱えた60年周期のコンドラチェフサイクルという長期波動があります。

 この長期波動の終末期には、恐慌が発生し、恐慌に対処するために政府債務が増大します。この結果、金利が再び上昇局面に転じた段階で、政府はデフォルトに陥る危険性があります。

 下記のグラフでは、コンドラチェフサイクルの終末期において円相場が下落した時期を赤色で塗っています。戦前の日本は、この終末期における恐慌に適切に対処できず、終戦とともにデフォルトを迎え、超円安が発生しました。

 2011年からの下落トレンドをみると、日銀の異次元緩和による為替の下落は、最終的に歯止めが効かなくなっていくという戦前の状況と非常に酷似しています。

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最後に

 本稿では、現時点における経済学的知見、相場学的知見による予測を行いました。直近2~3年スパンでは、中短期的に円高修正が起きるでしょうが、それほど大きな円高にはならないと予想しています。

 なぜならば、超長期のサイクルが底打ちして上昇トレンドになっている可能性があるからです。このままいけば、超円安になる可能性が非常に高いのです。

 ソブリンリスクによる円暴落という時限爆弾の重みが以前にもまして大きくなってくる中で、それほど大きな円高修正にはならないとみています。

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